2016年7月、神奈川県で開催された「口笛世界大会2016 (WWC2016)」において、見事、田所敦(たどころ あつし)さんが優勝し、日本の口笛のレベルの高さが改めて世界に示されました。
くちぶえ音楽院では国際口笛コンテスト優勝者から寄稿を頂くことがすでに恒例となっていますが、今回は新たな試みとして、一般から「口笛世界チャンピオンに聞いてみたいこと」を事前に募集し、それをもとにくちぶえ音楽院がインタビューを行いました。
田所敦さんの素顔
くちぶえ音楽院 鳥鳴響:この度は優勝おめでとうございます!くちぶえ音楽院で「口笛世界チャンピオン田所敦さんに聞いてみたいこと」を募集したところ、お陰様で想定以上の反響がありましたので出来るだけ多く答えて頂けるよう、早速インタビューを開始したいと思います。長丁場になりますがどうぞよろしくお願いします!
口笛奏者 田所敦:ありがとうございます。こちらこそどうぞ宜しくお願いします。
ーー「口笛世界チャンピオンっていったいどんな人?」といった質問がたくさん来ていますので、まずはその辺りからお話を伺ってみたいと思います。田所さんは普段、どこでどのようなお仕事をされているのでしょうか?
普段は会社員をしています。具体的には組み込み系のソフトウェア開発を行っています。香川県高松市在住です。
ーー特に音楽の専門教育を受けたバックグラウンドがあるというわけではないのでしょうか?
そのとおりです。工学部出身なので完全な理系です。
ただ、中学と大学では吹奏楽部でトランペットを吹いていました。いまでもトランペットは趣味レベルではありますが地元の夏祭りなどで吹かせて頂いたりはしているんですよ。
ーー口笛奏者として有名な方はなぜかトランペットの経験がある方が多いように思いますが、田所さんも例外ではないということですね。
はい。トランペットをやっている人であれば誰しも少なからず高音への憧れというものがあると思います。口笛はその欲求を実現するひとつの方法なのかもしれませんね。
口笛と食生活について
ーー好きな食べ物や、口笛のために特に気を付けている食生活があれば教えてください。
香川県はうどん県として知られるくらいうどんが有名ですが・・・私が好きなのは豆腐、納豆など、豆類です!(笑)
口笛のために・・・という意味では、演奏中の口中の乾燥を防ぐために普段からキシリトールガム(リカルデント)をよく噛むようにしています。
おそらくは唾液腺が鍛えられることによる効果だと思いますが、私の場合、長い時間口笛を吹いても口の中が乾いて音が出しずらくなるということはありません。他の奏者と話をすると、しばしば演奏後半は口が乾いてつらくなるという話を聞くので、もし困っているようでしたら駄目もとで一度試してみてもらえたらと思います。
あと、演奏前には意識的にものを食べない様にしています。満腹になると胃が肺を圧迫し深い呼吸が出来なくなってしまうからです。
ーーただ今回、田所さんの決勝の出演は午後3時くらいでしたが・・・。
今回もほとんど食べないようにして空腹で本番に臨みました。
実は以前、結婚式でおなか一杯食べてしまったあとで演奏したことがあるのですが、その時は本当に口笛を吹くのがつらくて大変でした。それ以後、とにかく本番前は意識的に食べないようにしています。
ーー唇の油分を補うために、演奏前に脂っぽいものを食べることを習慣にする方もいるようですが、それとはずいぶん対照的ですね。唇のコンディションを整えるという意味ではリップクリームを使う方もいるようですが、演奏時に何か使用していますか?
それはあえて使わないようにしているんですよ。だってリップクリームを忘れたときの精神的ダメージが大きいでしょ(笑)
ーーなるほど(笑)
口笛をはじめたきっかけ
ーー田所さんはそもそもどうして口笛を始めようと思ったのですか?なにかきっかけがあれば教えてください。
もともと音楽は中学から吹奏楽部でトランペットをやっていたのですが、進学した高校には吹奏楽部がなく、何か代わりに出来ないかと思ったのがきっかけです。
ーーということは、幼少のころから口笛が得意だったわけではなく、高校生になって吹き始めた?
いつから口笛が吹けるようになったのかは覚えていませんが、15歳で自由に曲を吹くことが出来ていたように思います。
また、特に、音を出したり音程をとるために苦労した記憶もないので、気が付いたら自然に吹けていた、という感じです。
ーーその頃から音楽的な口笛に本格的に取り組みはじめたのでしょうか?
いいえ、コンクールへの応募など、本格的に音楽としての口笛に取り組み始めたのは30歳を過ぎてからです。
2008年に「第3回日本オープンくちぶえ音楽コンクール in 関西」という大会が開催され、そこにエントリーしたのが最初です。
ーーその時の結果は如何でしたか?
口笛の技量に関してはそれなりに自負していたので、さすがに入賞はできるだろうと思っていたのですが、残念ながら決勝までは進んだものの入賞には至らず、悔しい思いをしました。
ただ、今振り返ってみるとコンクールで客観的に自分の実力を知れたことが、その後の口笛に良い影響を与えたと思っています。
ーーそういった経験もしながら、遂に先日、WWC2016で世界チャンピオンとなったわけですが、田所さんにとって口笛とは何でしょうか?
「常に持ち歩く携帯音楽プレイヤー」です。
ーー世界チャンピオンとなった今でも目標としている奏者はいますか?
神戸の口笛サークル「ポートサイドブレンド」代表のすーじーさんです。
私が最初に出場した大会で準優勝されたのですが、その時、大人の雰囲気がカッコいいな~と思いました。
練習は通勤中の車内
ーー普段、練習はどのような場所でされているのですか?
通勤はいつも車なので、運転しながら車内で練習しています。家で口笛を吹くと近所迷惑になる場合があるので極力吹かないようにしています。
ーー確かに口笛は好き嫌いがありますので、マナーを守って楽しむことが大切ですね。普段、人前で演奏したりする機会はあるのでしょうか?
「2010 TOKYO国際口笛音楽フェスティバル」で優勝したときにテレビで取り上げられたことがきっかけで地元では割と知られるようになり、折に触れて地元の学校や老人福祉施設から呼んでいただいて演奏をしています。
ーー演奏会で十八番としているようなお気に入りの楽曲はありますか?
もともとあまりレパートリーが多くはないのですが、以下の曲のように旋律がきれいな楽曲が好きです。
- 「夜の女王」(WWC2016 予選 クラシック)
- 「誰も寝てはならぬ」(WWC2016 決勝 クラシック)
- 「さくら(森山直太朗)」(2010 TOKYO国際口笛音楽フェスティバル 決勝 自由曲)
- 「ハナミズキ(一青窈)」(IWC2014 決勝 ポピュラー)
- 「花は咲く」(WWC2016 決勝 ポピュラー)
口笛奏者としての強み
ーー田所さん自らが認識している「自身の口笛の強み」は何だと思いますか?
高音域の音色ではないでしょうか。センスやテクニックに関してはもっと素晴らしい奏者がいますが、私の場合は高音にスイートスポットがあるようで、実際にG7ぐらいから音量が大きくなる傾向があります。
ーー自分の持ち味が一番出るG7にピークがくるように伴奏を移調したりもされているのでしょうか?
おっしゃる通り、今回「花は咲く」で自分の持ち味が一番出せるように移調を行っています。
ただ、昔はそういうことを知らなかったので、用意した伴奏に口笛のほうを合わせていました。結果的にはそれで高音が出るようになったという面もありますので、あまり安易に吹きやすい音程に合わせないほうが技量を磨くという意味では良いのかもしれません。
ーーなるほど。高音を出すノウハウについては今回も類似の質問がたくさん届いています。その中の1通に「口笛を初めて一年です。吹ける音域を広くしたいです。特に高い音を出せるようになるまで、どんな練習をされたのかぜひ教えてください」という質問がありましたが、いかがでしょうか?
くちぶえ音楽院の記事にも以前取り上げて頂きましたが、目標とする音を記憶して、その真似をするのが最も有効な練習方法であると思います。実際、私の場合は本番でも音が頭の中で鳴っていて、それをなぞるように吹いています。
あと、一時的に高い音が出ない時もあると思いますが、好調時と不調時の違いを分析すると改善点が見えてくると思います。
口笛コンテスト優勝の秘訣
ーー「コンテストで勝つための秘訣を教えてほしい」という趣旨の質問もたくさん頂きましたので、順に聞いてみたいと思います。まず、コンテスト出場にあたって、選曲は重要なポイントと思いますが、WWC2016で演奏した曲目を改めて教えて頂けますでしょうか。
テープ審査「誰も寝てはならぬ」「逢いたくていま(MISIA)」、予選「夜の女王」「夏色(ゆず)」、決勝「誰も寝てはならぬ」「花は咲く」という構成にしました。
今回の勝因ですが、自分の持ち味を生かすことができる曲で挑んだことが大きかったと思っています。
ーー「逢いたくていま」を本選で外した理由は?
実はテープ審査時にその順位がフィードバックされるのですが、「誰も寝てはならぬ」が2位で、「逢いたくていま」が4位、総合2位という結果でした。相対的にポピュラーの順位が低くこれでは厳しいと感じ「逢いたくていま」は外すことにしました。
ーー大会当日は100%の力を発揮することができましたか?
本番で100%というのは現実的にかなり難しいと思います。中には本番のほうが実力を発揮できるという奏者もいるようですが、私の場合、本番で80%の実力が発揮できれば御の字だと思っています。今回もおよそ8割くらいの力は発揮できたと思いますので満足しています。
ーー演奏前に行っているルーティーンなどがあれば教えてください
会場に到着したらまず、一番後ろの席から舞台を見て、どのように客席から見えるのかを確認します。
さらに本番30分前には、いつもダッシュして心拍数を上げるようにしています。今回は会場の階段を1階から4階まで4往復走りました。こうすることによって緊張をかなり和らげることが出来ます。
演奏直前には、スポットライトの光で緊張しないように、舞台袖で携帯のLEDを目に当て、目を明るさに慣らすようにしました。
ーーずばり「大会で勝つ秘訣は?」という質問も来ていますがいかがでしょうか?
演奏そのもののレベルももちろん大切ですが、胸を張って、目線を上向きにして、楽しそうに演奏することが何より大事だと思います。
いくら口笛が上手でも、暗い顔をした人を口笛のコンテストで決勝に上げたいと思う審査員はいないはずです。
ーーなるほど、確かに口笛は自信をもって楽しく吹いてもらいたいですよね。ところで、伴奏はどちらで入手されたのでしょうか?
「夜の女王」は、カラオケ・オペラ 女声編というCDに入っているものを使っていますが、現在はなかなか入手が難しいようです。同じものが今はiTunesで販売されているようですので必要な方はそちらからダウンロード購入することが出来ます。
「花は咲く」は、ぷりんと楽譜でMIDIデータを購入し、編集(移調、メロディ消去)して作成しました。
ーーくちぶえ世界一位となった現在の、次の目標を教えてください。
自分の演奏を後から聞きなおしてみると高音は低く、低音は高くなりがちなので、全音域で音程を安定させ、より音楽的な演奏が出来るようになることが目標です。
ーーそれではこれが最後の質問になります。口笛音楽を文化としてもっと一般に広めるためには何が必要でしょうか?
演奏者人口の増加だと思います。くちぶえ音楽院を見て、より多くの人に口笛が吹けるようになって欲しいですね。
ーー益々のご活躍を期待しています。本日はありがとうございました。