2026年、神奈川県川崎市で開催された口笛世界大会「WWC2026」。長年続いた音源伴奏カテゴリーが廃止され、新たにアカペラカテゴリーが設けられた、いわば転換点となる大会で、成人アカペラ部門と弾き吹き部門、主要2部門の同時制覇という世界初の快挙を成し遂げたのが、口笛奏者・武田裕煕(たけだ・ゆうき)さんだ。
2010年、国際口笛大会(中国・青島)ティーン部門優勝。以来「口笛世界チャンピオン」の肩書を背負いながら、成人部門では2位と3位のあいだを彷徨い続けること十余年。著書『口笛のはなし』の執筆、ドキュメンタリー映画「WHISTLE」への出演、オンライン口笛世界大会 Global Whistling Championship(GWC)の共同創設と、口笛界を多方面から牽引する存在だが、その素顔は育児に奮闘する一人の会社員でもある。長い物語の結末と、新設アカペラ部門の攻略法を、たっぷりと語っていただいた。
- 2010年 日本オープンくちぶえ音楽コンクール(大阪)準優勝
- 2010年 国際口笛大会 IWC(中国・青島)ティーン部門 優勝
- 2011年 国際口笛大会 IWC(米・ルイスバーグ)ティーン男子部門 優勝(連覇)
- 2012年 国際口笛大会 IWC(米・ルイスバーグ)成人男性部門 3位
- 2014年 国際口笛大会 IWC(神奈川・川崎)男性部門 準優勝
- 2016年 口笛世界大会 WWC(神奈川・川崎)成人男性部門 3位・弾き吹き部門 3位
- 2017年 Masters of Musical Whistling MMW(米・ハリウッド)総合 準優勝
- 2019年 MMW(米・パサデナ)総合 準優勝・男性総合 1位・弾き吹き部門 優勝
- 2022年 口笛世界大会 WWC(川崎)成人音源伴奏部門・弾き吹き部門・アライドアーツ部門 準優勝
- 2023年 MMW(米・ハリウッド)総合 3位・弾き吹き部門 優勝
- 2024年 口笛世界大会 WWC(川崎)成人音源伴奏部門 準優勝・弾き吹き部門 優勝
- 2025年 MMW(米・ハリウッド)弾き吹き部門 優勝(3連覇)
- 2026年 口笛世界大会 WWC2026(川崎)成人アカペラ部門 優勝・弾き吹き部門 優勝(2連覇)
→ 世界初、主要2部門同時制覇
「底抜けにハッピー」15年かかった、本当の優勝
くちぶえ音楽院 鳥鳴響: ついに優勝、しかも2部門制覇という完勝でした。率直なご感想を伺えますか。
口笛奏者 武田裕煕: 今までずっと、ある意味プレッシャーになっていたことがあるんです。2010年にティーン部門で優勝して、それからずっと肩書きとしては「口笛世界チャンピオン」と言ってきたんですよ。でも、「自分は本当のチャンピオンじゃないよな」という思いがずっとあって。
ーーと言いますと?
「世界チャンピオン」といっても、あくまでティーン部門、つまり年齢を限定したカテゴリーでの1位なんです。しかも出場者は4人でした。その後、弾き吹き部門でも優勝しましたが、自分の中では、主要部門の成人の部の頂点に立ってこそ「世界チャンピオン」だ、という思いがあって。それを取っていないのに名乗り続けている。実質の伴わないタイトルだ、という後ろめたさがずっとあったんです。
ーーなるほど。傍から見れば「1位」の常連なのに、ご本人の中では違った。
何をもって優勝と言うか……「1位は取ってます」という感じですね。初めて成人の部に出たのが2012年。そこから15年目の今回、やっと誰にも文句を言われない形で優勝できました。ようやく肩の荷が下りたというか、すごく軽くて、底抜けにハッピーな気持ちになりました。ネガティブな感情が一切ない、という状態になれたのが、本当に嬉しかったですね。
ホーホケキョから「これ、いけるんじゃないか?」まで
ーー時計の針を戻して、口笛との出会いを教えてください。
小学3年か4年の頃、誰かが吹いているのを見て「口笛を吹きたいな」と。ウグイスのホーホケキョがやりたくて練習して、最初は「吸って」音が出るようになりました。
転機は14歳のとき。家族の都合でオランダに行ったのですが、最初は通う学校が見つからず、家で暇をしていて。ふと「口笛の高い音ってどうやって出すんだろう」とネットで調べたら、口笛の吹き方を解説した個人サイトに行き着いたんです。そこに書いてあった方法で音域が広がって、ピアノで弾いていたいろんな曲が吹けるようになりました。それでも、まだ「普通に吹いていた」だけです。
本格的に意識したのは、帰国後の高校1年のとき。たまたまテレビで、世界大会から帰ってきたばかりの口笛奏者の方が「3オクターブ吹ける」と話しているのを観て、自分もやってみたら3オクターブ出た。「あ、これ、いけるんじゃないか?」となって。音楽性ではなく音域だけの、完全に技術的な入口でしたけど(笑)。
翌2008年に茨城・牛久で国際口笛大会があり、申し込みには間に合わなかったのですが観に行って、そこで口笛の仲間と出会いました。2009年秋に日本オープンくちぶえ音楽コンクールの予選に出て、2010年3月の本選で準優勝。同じ年に中国・青島の国際口笛大会ティーン部門で1位になった、というのが最初です。冒頭でお話しした、例の「出場者4人」の優勝ですね。

2位と3位のあいだで「いつまでやるんだろう」
ーー成人部門では長い足踏みが続きます。その時々の結果を、どう受け止めてきましたか。
最初の頃は、当然自分がうまいと思っていたので、「なんで自分が勝てなかったんだろう、おかしいな」みたいな(笑)。2012年に初めて成人の部に出たときは、十数年ぶりにカムバックしてきたベテランの方が1位をさらっていって、私は3位。今考えれば健闘なんですが、当然1位を狙っていたので悔しかった。
2014年の国際口笛大会(川崎)は「今度こそ」と臨んだら、青柳呂武くんが出てきた。あの年は唯一、ティーン区分のない全年齢の大会だったんです。呂武くんは18歳。本来ならティーンにいるはずの彼が、成人と同じ土俵で優勝してしまった。私は2位で、本当に悔しかった。ちなみにその年の3位が田所敦さんです。そして2016年の口笛世界大会では、田所さんが1位、呂武くんが2位、私が3位。
そんな調子で、ずっと「あと一歩」なんですよ。ずっと3位か2位。しかも、割といつも「新しい人」が持っていく。Dereke Bodkin、Jay Winston, Jack Scano…あとは柴田晶子さんというベテランが突然カムバックしたり、小暮さんや松村君に追い抜かれたり。あと一歩届かないもどかしさが10年以上続いて、「いつまでやるんだろう」と思いました。「弾き吹きでは1位を取ったんだからいいじゃない」と言われたりもしましたが、それでは自分の気持ちが晴れない。ここで諦めるのか、と。…諦めなくてよかったです。
本と映画がくれた「負のモチベーション」
ーー『口笛のはなし』の執筆は、大会への向き合い方に影響しましたか。
演奏には、実はあまり影響していません。ただ、モチベーションにはなっています。あの本、「口笛世界チャンピオン」という肩書きで出しているんですよ。冒頭でお話しした通り、それが自分としてはずっと納得がいかない感覚だった。だから、一刻も早く本当のチャンピオンにならなければ、という変な「負のモチベーション」がありました。
同じ時期に、映画「WHISTLE」も出ています。オーストラリア制作で、2023年のMMWを追ったドキュメンタリーなんですが、私は割とメインの登場人物にしてもらっていて。少しだけネタバレになってしまうんですけど、2023年の大会で私は総合3位で、翌2024年に弾き吹きで1位を取った。その2024年の1位の映像がエンドロールに使われて、「翌年、優勝しました」というストーリーになっているんです。いや、実際は2023年も弾き吹きでは優勝しているんですよ? 私からしたら「そこじゃないんだけど」と(笑)。
この映画が今、世界各国の映画祭を巡っていて、私もトロント国際映画祭とシドニー映画祭に行ってきました。上映後、お客さんに「最後に勝てておめでとう」と言ってもらうたび、「ありがとう」と返しながら若干顔が引きつっている、という状態で。本でも映画でも「先に言ってしまった」ので、なんとしても本当にしなければいけなかった。
ーーそれが今回の原動力に?
ある程度はあると思います。……でも、実際は運も大きいですよ。

口笛一本で、音楽として成立させる — 新設アカペラをどう攻めたか
ーー音源伴奏カテゴリー廃止・アカペラ新設の発表を、出場者としてどう受け止めましたか。
大会前と大会後で、全く違う印象を持っています。
大会前に一番引っかかっていたのは、お客さんが入るイベントである以上、口笛だけのアカペラ演奏を3日間通しで聴くのは飽きてしまうのではないか、ということ。だからこそ、口笛一本でも「聴かせるパフォーマンス」として音楽的に成立させることを、すごく考えました。
そして大会が終わってみると、純粋な口笛だけを聴いたとき、その人の特徴が驚くほどダイレクトに伝わるんです。各出場者の「色」がより濃く出て、口笛マニアとしては非常に面白いステージでした。それに、伴奏音源を作るには技術も知識もお金も必要ですが、その障壁がなくなったことで応募者数は過去最大になったと聞いています。「アカペラじゃなかったら出ていなかった」という本選出場者もいたくらいで、結果的にプラスの面が多かったと思います。
ーーただ、個性がダイレクトに出るということは、アラも出やすい。伴奏なしのピッチやテンポには独特の難しさがあったのでは。
ピッチに関して言うと……実は私、ピッチ悪いんですよ、基本的に(笑)。15年前よりだいぶ良くなりましたが、それでもまだ悪い。なので難しい挑戦でした。ただ、これは想像でしかないんですけど、吹き始めと吹き終わりで半音ずれていても、聴いていて違和感がなければ、審査側はそれほど減点しないんじゃないかと思うんです。それより効くのは曲選びじゃないかと。コード進行がシンプルで、メロディがコードに乗っている、「コード感」のある曲がいい。だから現代曲は避ける。聴き手は「本来どういうメロディか」を脳で予測しながら聴くので、みんなが知っている曲なら、何をやっているかが伝わりやすいんです。
ーー「愛の喜び」「チャルダッシュ」「ムーンリバー」「スカボロー・フェア」という選曲は、まさにその戦略ですね。
あくまで「私はそうしました」ということですけどね。テンポに関しては、逆に「揺らしやすくなった」んです。伴奏は自分で作らない限り、思った通りに揺れてくれない。アカペラなら音源に合わせにいかなくていい。自分の一番気持ちのいい吹き方ができる。「チャルダッシュ」は大きく揺らし、「スカボロー・フェア」は揺れる部分と揺れない部分をはっきり分けました。
ーールール上は手拍子や足踏みも可でしたが、使いませんでしたね。
すごく考えたんですよ。もともとポピュラーではアイルランド音楽の口笛をやろうと思っていました。アイルランドの口笛は伝統的にソロで、他の楽器と共演しない、いわばアカペラが「ネイティブ」な文化です。それに、アイルランド音楽は楽器を演奏しながら足踏みをすることも多い。最終的には違う曲にしましたが、実際に手拍子や足踏みを使った出場者を見て思ったのは、どうしても口笛より音量が大きくなり、口笛が音量的に「負ける」ということ。音楽的に使いこなせなければ、音の大きいテンポキープ装置にしかならない、難しいツールだな、と。
本命と、負けられない戦い — 二冠の舞台裏
ーー弾き吹きは連覇がかかった「勝って当たり前」と見られる立場。2部門へのエネルギー配分は。
まさにそこなんです。私の一番の目標は、アカペラで1位を取ること。だからそちらに時間を割きたい。一方で、弾き吹きは出場するからには負けられない。なので弾き吹きは「すでに完成度が高い曲」か「短時間で完成度を高められる曲」を選ぶ、という戦略にしました。
ただ、時間配分は半々くらいだったかもしれません。弾き吹きは楽器のある家でしか練習できませんが、アカペラはどこでもできる。子供の保育園の送り迎えの自転車で、アカペラは相当練習しました。本当に時間がなくて、そこしかなかったんです(笑)。
ーー弾き吹きの選曲は、どう考えましたか。
予選は、スタンスとしては非常によくないんですけど、通過するために最低限必要な完成度に最短でたどり着くために、伴奏の簡単な曲と、最近ライブで演奏した曲を選びました。本選のクラシックについては、実は私、クラシックギターを「クラシック的に」弾けないんです。だから「コードを弾くだけで成立するクラシック」を選ぶ必要があった。そこで思いついたのが、小学校のリコーダーでやった「威風堂々」でした。一番知られている「希望と栄光の国」の部分は、拍の頭にコードを打つだけで伴奏が成立する。小学校の記憶が蘇ったのが最大のラッキーです。
ただ、あのメロディだけでは加点を狙うにはテクニックが足りない。そこで、本来の「威風堂々」の速いエンディングを最後にくっつけることを思いつきました。試験対策みたいで嫌ではあるんですけどね(笑)。
ーーポピュラーの「Five Degrees Up」は自作曲ですね。
2年前に音源伴奏部門で演奏した自作曲を、弾き吹き用にアレンジし直したものです。曲名も変えました。以前は「ホイッスルファンク」だったんですが、よく考えたら英語として通っていないし、味もない(笑)。新しいタイトルの「Five Degrees Up」は「斜め5度上」。口笛をハッピーな気分で上を向いて吹くときの、あの角度のことです。
相棒はベネズエラの「クアトロ」
ーー楽器についても伺います。クアトロは日本では馴染みが薄いですが。
ベネズエラの伝統楽器です。日本で弾ける人は100人くらい、持っている人は50人くらいじゃないでしょうか。楽器店には売っていないので、輸入するか現地で買うか。私が大会で使ったのは、2024年にベネズエラで作ってもらった特注のエレアコです。
クアトロはボディが小さいのに音量がとにかく大きくて、生音では口笛が負けてしまう。口笛用のマイクがクアトロの生音まで拾ってしまうので、PAでも調整しきれません。私の楽器はサウンドホールを塞いであるので音が前に飛ばず、出力を調整できて、生音が口笛を邪魔しないんです。
ーー音量バランスの観点からウクレレやクラシックギターを使用される方は多くいますが、あえて音量の大きなクアトロを選んだのは。
私が2010年からベネズエラ音楽をずっと演奏しているからです。ギターでもクアトロでも自分の技術レベルは同じ。だったら、取り回しが楽で、4弦でコードも覚えやすく、何よりジャキジャキした「カッティング」に向いているクアトロがいい。1つの楽器でメロディ楽器とパーカッション、2役をこなせるので、音楽に厚みが出るんです。実際は曲ありきでギターと使い分けていて、今回は「Five Degrees Up」がギターでは弾けない曲だったので、「ではクアトロで弾けるクラシックは」と考えて「威風堂々」に行き着いた、という順番でもあります。

一人で和音を吹く — 秘密兵器「重音奏法」
ーー今回の演奏で非常に特徴的だったのが「重音奏法」です。あれは…狙って出せるものなんですか?
狙ってできますし、30秒あれば教えられます。
ーーええっ。当サイトでも奏法解説を一通り書いていますが、あの概念はありませんでした。武田さん以外にできる方は?
現役で活動している奏者で、ライブの実演奏に使っている人はいないと思います。きっかけは2017年のMMWで、出場はしていないけれど観に来ていたロサンゼルス在住の口笛の上手な方が、重音で3度から5度、6度まで音程を自在にコントロールしていたのを見たこと。「あ、できるんだ」と。やり方はその時は分かりませんでしたが、「これはいける」と思って、ずっと練習してきました。それまで重音といえば、舌を中央に置いて両脇から音を出す「デュオトーン」が知られていましたが、あれは非常に難しいうえ、私には音楽的な活路を見出せなかったんです。
ーー重なる音と主音は、別々にコントロールできるのですか。
基本的にできます。短2度から、かすれ気味なら長7度くらいまで。ただ、実際に曲中で使えるのは3度、4度、頑張って完全5度くらいですね。難しいのは2つの音の音量バランスで、どうしても片方が強くなる。伴奏音源があると弱い方は聞こえなくなりますが、アカペラなら聞こえるんです。
だから今回使った理由は2つ。1つは「聞こえるから」。もう1つ、もっと大きい理由は、音楽的な面白みですね。アカペラで口笛一本だけでは、少し物足りないじゃないか、和音を入れようよ、と(笑)。繰り返しで聴き手を飽きさせない方法は、従来「アレンジを変える」「テンポを変える」「オクターブを変える」の3つでした。今回私は、第4の選択肢「和音を吹く」を加えた、ということです。もちろん音程や音色を評価されるコンテストの場では諸刃の剣なので、自信のあるところでしか使っていません。
ーー他の出場者が単音で戦っている中で、自分だけ和音が出せるというのは圧倒的なアドバンテージで口笛表現のあり方を変える大きな転換点になりそうですね。優勝を契機に重音奏法に興味を持った方も多いと思うのですが、「重音奏法講座」のような形で、発信する計画はありますか?
以前からやりたいとは思っているのですが、なかなか時間が取れず、気づいたら10年くらい経ってしまいました。確かに良い機会ですので、前向きに考えたいと思います。
もう一つの勝負手 — 音量を「8割」に絞る
ーー今回、出場にあたって特に意識したことはあるのでしょうか。
音色です。2025年のMMWで審査員を務められていた方に、大会後「何かアドバイスを」とお願いしたところ、私の音は息のノイズが多い、と指摘されたんです。今回はそこを徹底的に意識しました。具体的には、フォルティッシモで100%の力で吹くのをやめる。ずっと音量を出すことを重視してきましたが、あえて8割に絞ると、息のノイズが減るんです。結果、大会後にその方から「音が綺麗だったよ」と言っていただけて。「やった!」と思いましたね。
大会の審査項目には「音色」があり、減点項目には「ノイズ」がある。勝つためには意識せざるを得なかった、というのが正直なところです。ただ、結果としてこのコントロールを身につけたことは間違いなく財産で、自分の口笛の成長になったと思っています。
世界でいちばん口笛吹きの知り合いが多い男
ーー他のウィスラーから受けた刺激や影響について伺えますか。
話し始めればきりがないですね(笑)。その時々で「あの人のあの演奏は本当によかったな」という演奏が記憶にいくつも残っていて、そこから何かを得ようと考える。曲との出会いもそうです。今回の予選で吹いた「愛の喜び」は、呂武くんが大阪の大会の予選で吹いた録音を聴いて「これは衝撃だ」と思ったのが、ずっと頭にありました。
あと私は、いろんな人と話すのが楽しくて。たぶんですけど、世界で一番、口笛吹きの知り合いが多いです、私(笑)。もともと語学が好きなんですね。言語学がオタク的に楽しいのと、世界中の人と話せる楽しさと。おかげで口笛コミュニティの中でも、スペイン語話者ともフランス語話者とも話ができて、言葉の分からない人たちを繋ぐ役割もできているかなと思いますし、技術や音楽性について世界中の人と議論もできます。いろんな奏者の良いところを見て、「自分にはまだできないけど、あの人にできているもの」を一個一個できるようになろう、と今もやっています。
ーー謙虚に学ぶ姿勢が貪欲なのですね。
貪欲だと思います。謙虚というより、「あの人にできて自分にできないわけがない」と思っている、そちらかもしれません。同じ人間だろ、と(笑)。理屈的には、みんな全部できるはずなんですよ。私も、パラタル奏法だけは10年以上練習してもできないんですけど、「道は絶対ある」と信じて、一個一個形にしていくだけです。
音色に関しては、柴田晶子さんやYOKOさんの音色がすごく好きですし、音の安定感やコントロールという意味では、やっぱり呂武くんが圧倒的に優れていると思います。皆さん努力に加えて才能もある。自分は、才能のない部分を努力でなんとかしている、と自分では思っています。
審査する側から見えたもの — GWCという「もう一つの現場」
ーーオンラインの口笛世界大会・GWC( Global Whistling Championship)の立ち上げについても伺います。主催者と競技者、両方の視点を持つのは難しい面もあるのではないでしょうか。
始まりは、2020年4月のWWCがコロナで中止になったこと。「何かできないか」と声をかけて、Zoomの初回ミーティングを設定した日にたまたま予定が空いていた6人で立ち上げました。飛行機代も宿泊費も高く、休みも取れず、表に出てこられない口笛吹きは世の中にごまんといる。そういう人たちに場を提供できるし、こちらも「また、すごい人が出てきた」と学べる。そういう思いで続けています。
私は審査の点数の取りまとめと、参加者へ送るフィードバック表の作成をずっと担当していました。つまり全審査員のコメントと点数を全部見るんです。そこで発見したのが、「審査員によって、こんなに評価が違うのか」ということ。見ているところも感じ方も全然違う。そうなると結局、「誰にも文句をつけられない演奏をするしかない」んですよね。どの審査員も1番に選ぶような演奏を目指すしかない。これは競技者としても大きな気づきでした。
そして今年から、(GWCの)審査員に入りました。本当は自分も出場したいんですけど、利益相反になってしまうので(笑)。審査員として演奏を言語化することで、自分自身の理解も深まります。
ーー審査員として特に意識していることはありますか。
フィードバックでは「よかったところ」と「建設的な批判」の両方を必ず書くこと、そして、口笛という「技術のコンテスト」ではなく、口笛という楽器を使った「音楽のコンテスト」であり、メインは音楽でなければならない、ということを意識しています。

チャンピオンの日常、口笛という「鍵」
ーー最後に「世界チャンピオンの日常」についてお話を聞かせてください。
子供が生まれる前と後で全然違いますね。もともと音楽的にはジャズとベネズエラ音楽が2本柱で、楽器も歌もやるので、仕事をしながらも平日休日を問わずいろんな音楽のイベントに出かけていったり、暇なときはずっと音楽の練習をしていたりしていました。それから、大学の頃からスイングダンスなどのパートナーダンスがずっと好きで。身体で音楽を捉えるうえで、すごく重要な要素だったと思います。
子供が生まれてからは夜のイベントに行けなくなって、ここ何年もほとんど踊れていません。音楽の練習時間も激減しましたし、コンサートにもなかなかいけなくなりました。2022年の大会前は子供が寝た後、夜10時から12時まで練習していたこともあります。今は会社員をしながら月1回ほどの演奏活動があるので、その本番に向けて隙間時間に集中して練習し、レパートリーが増え、洗練されていく。時間がないからこそ、「いかに省エネでクオリティを高めるか」を常に考えています。
ーー口笛大会で結果を残したい読者へ、アドバイスをお願いします。
まずは「音程」です。自分がどのくらいずれているかを把握すること。私は大会前、必ず録音して自分の演奏を確認します。音程だけでなく、音の伸びやビブラートも、吹いているだけでは自分では気づけない「アラ」が見えてきます。できていないところを洗い出すために、録音して聴くことです。あとは、プロの良い音楽に「生で」触れること。会場に足を運ぶことは大切です。
ーーでは、最後の質問です。武田さんにとって、口笛とは?
「ほかのあらゆる世界へのアクセスとなる鍵」です。
口笛をやっているということが、ありとあらゆる人から興味を持ってもらえるきっかけになる。音楽の世界でも、それ以外でも。口笛は狭い世界ですけど、「鶏口牛後」という言葉があるように、鶏口になることで、もっと広い世界のトップと繋がれるようになる。それが口笛の一番のメリットであり、自分の人生に与えた影響として、一番大きなところだと思います。
ーー本日は長時間、ありがとうございました。ますますのご活躍を楽しみにしています。


