このページでは楽曲に情感を与えるための技術として有用な微分音(びぶんおん)について解説します。
「微分音」は半音以下の狭い音程を指す音楽理論における専門用語ですが、これを正しく理解するためには一定の前提知識が必要となるため「音律」などの楽典(音楽基本知識)にも触れています。
音律とは?
現代の音楽は、簡単なわらべ歌から壮大な交響曲まですべて、ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ、このわずか7つの階名で表現され、派生音(シャープ、フラット)を合わせ、12の音によって構成されています。
ドレミ・・・はイタリア式の表現で、ドを基準とした相対的な音の高さを表します。そのため、ある歌を移調して絶対的な音の高さを変えても、階名が変わることはありません。
一方、日本式のハニホヘトイロ、ドイツ式のツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハーは、絶対的な音の高さを表す「音名」を意味するのが一般的です。
オーケストラや吹奏楽など、多くの楽器が混在する演奏においては、楽器ごとに管の調性(ドの音程)が異なるため「ドを吹け」と指揮者が指示しても様々な音が出てしまい困ってしまいます。そのため、全員で同じ音を出すためには「ツェーを吹け」と指示する必要があるわけです。
さて、そんなドレミファソラシドですが、下のドと上のドを同時に発音すると、非常に透明感のある響きが得られます。
響きの透明度の原理は単純で、単純に割り切れる周波数比であるほど透明感のある響きとして知覚されるように人間の耳は出来ています。
ドレミファソラシドの下のドと上のドの周波数比はちょうど2で、1:2という簡単な整数比であるため同時に発音しても、全くにごりが生じないというわけです。
さて、下のドから上のドまでの間を派生音を含めた12個の音に割って、それぞれの音の周波数を規定するときに、どのようにして割るかという問題が生じます。この割り方が「音律」です。
均等に周波数を割って「隣の音との比が常に一定」になるようにしようとすると、下のドを1としたとき、12回掛け合わせて2になれば良いのですから、隣の音との周波数間隔は1:12√2 (2の12乗根)となります。
この方法を「十二平均律」と呼びますが、十二平均律では本来透明感のある響きが得られなければならないはずのドとソの周波数比は、2:3とはならず、計算すると2:2.996614という割り切れない比になってしまいます。また、他の音程もドとド以外はすべての組み合わせで周波数が割り切れず、人間の耳にも澄んだ響きではなく、わずかに濁りのある音の組み合わせとして知覚されます。
そこで、隣り合う音の周波数比を不均一にして、完全に特定の音の組み合わせが割り切れるように調整した音階が「純正律」と呼ばれる音律です。
ただし、この純正律も、常にドの位置(周波数)が決まっていれば美しいサウンドとなり得ますが、移調すると音程間隔がばらばらになり、汎用性に欠ける弱点があります。
そこで現在は、どの音程間隔も割り切れず多少のにごりがあるけれども、どの調に移調してもそれなりに良く聞こえる「十二平均律」と呼ばれる音律が広く使われています。
- 階名(かいめい)
イタリア式:ド・レ・ミ・ファ・ソ・ラ・シ
ドを基準とする相対的な音の高さを表す。そのため、移調しても、階名は変化しない。 - 音名(おんめい)
日本式:ハ、ニ、ホ、ヘ、ト、イ、ロ(初等教育で用いられる)
ドイツ式:ツェー、デー、エー、エフ、ゲー、アー、ハー(吹奏楽・オーケストラで一般的に用いられる)
英・米式:C、D、E、F、G、A、B(POPS、ギターなど幅広い分野で用いられる)
階名とは異なり、絶対的な音の高さを表す。そのため、移調すると、音名も変化する。 - 派生音(はせいおん)
シャープ(#):半音上げる
フラット(b):半音下げる - 音律(おんりつ)
平均律:一般的には十二平均律を指し、1オクターブを周波数比で12分割した音律のこと。転調や移調が容易。現代音楽の主流。
純正律:音の配置が単純な整数比となるよう意図した音律。特定の音の組み合わせでは全く倍音のうなりが無い美しい響きが得られる。但し、転調や移調が困難で、移調しなくても特定の音を含む和音では平均律以上に大きな音の濁りが生じるため、現代音楽においては殆ど使われていない。
セントとは?
「十二平均律」を利用することで、音の定義を単純化することが出来ます。
つまり、すべての隣り合う音の周波数比は一定なので、さらにこれを細かく分割し、定義することが可能となるわけです。
半音の幅を100に細分化した単位を「セント」と呼び、ある音から100セントだけ音程を上げれば半音上の音となり、200セント上げれば全音上の音に、1200セント上げれば1オクターブ上の音になります。
階名 | セント値 | 周波数比 |
ド | 0 | 1.000 000 00 |
ド#、レb | 100 | 1.059 463 09 |
レ | 200 | 1.122 462 04 |
レ#、ミb | 300 | 1.189 207 11 |
ミ | 400 | 1.259 921 05 |
ファ | 500 | 1.334 839 85 |
ファ#、ソb | 600 | 1.414 213 56 |
ソ | 700 | 1.498 307 07 |
ソ#、ラb | 800 | 1.587 401 05 |
ラ | 900 | 1.681 792 83 |
ラ#、シb | 1,000 | 1.781 797 43 |
シ | 1,100 | 1.887 748 62 |
ド | 1,200 | 2.000 000 00 |
では、ある音から50セントだけ上げた音は一体どうなるのでしょうか?
この概念を説明するために必要となるのが、今日の本題、「微分音」です。
微分音とは?
ドを100セント上げるとド#になりますが、ドを50セント上げると、ちょうど「ド」と「ド#」の間になりますが、これを「四分音」と呼びます(四分音は微分音の一種です)。
表記としては普通のシャープ「♯」が縦線2本なので、シャープほどは上げないという意味で、縦線を1本だけにして「キ」のように楽譜上では表記します(シャープのさらに50セント上という意味で、シャープの縦線を3本にして表記することもあります)。
この微分音が高度な音楽表現を行う上で有用であることは間違いありませんが、聞き手を選んでしまうことも良く知られており、ある程度音楽的に耳を訓練された方であれば適切な微分音の利用は、味わい深い表現であるように聞こえますが、器楽を数年経験した程度の初心者には逆に不快な音に聞こえ、また、音楽の専門教育を受けた経験が無い方にはそもそも微分音と半音の違いを判別できず、違い自体が全く分からないことがあります。
微分音を表現できる楽器は限られており、フレットの無い弦楽器や、トロンボーンなどが代表的ですが、口笛も微分音表現が可能な数少ない楽器のひとつです。
実際には、フレットのある弦楽器でも弦を強く抑えたりチョーキング等のテクニックにより、技術的には微分音を表現することが可能です。
また、吹奏楽器でも吹き方によって微分音の表現自体は可能ですが、これらの楽器で譜面上に四分音の指定がなされることはまずありません。
音楽表現としての微分音を聴いてみよう
実際に、口笛の音楽表現における微分音がどのようなものか、イメージが湧かない方も多いと思いますので、実際に微分音を音楽表現として利用した以下の動画を聞いてみてください。
1コーラス目が終わる「心配要らないと笑った」の心配の「し」、要らないの「い」、笑ったの「わ」で連続して微分音が使われ、この楽曲が持つ儚いニュアンスが口笛で表現されています。
人によってはピッチがずれているように聞こえるかもしれませんし、逆に非常に深い情感をこのフレーズから感じられる方、また、何度聴き直しても全く分からないという方もいるかと思います。
微分音(四分音)は非常に繊細かつ高度な技術が要求される表現技法ですが、使い方次第では非常に深みのある表現が可能となることを覚えておきましょう。
微分音を体験!音源サンプル
以下のサウンドサンプルは人工的に正確な周波数をシンセサイザーで作り出し、音源化したものです。
今回は説明を簡略化するために440Hzを基準に考えてみます。
まずは440Hzの音を聞いてみましょう。
次に、440Hzの2倍の周波数である880Hzの音を聞いてみましょう。前に説明したとおり、周波数が2倍になると1オクターブ上がるということが、音を通してより具体的に理解できると思います。
それでは次に、440Hzの音と、その100セント上の音(466.16・・・Hz)を続けて聞いてみましょう。
前に100セント上げると、半音上がることを説明しましたが、確かに、半音上がっていることが音で確認できます。
さて、次はいよいよ本題です。
440Hzの音から半音(100セント)上がる前に、50セントだけ上げた四分音(452.89・・・Hz)を挟んで聞いてみましょう。
四分音単位で確かに音が上昇していることが、誰にでも理解できたのではないでしょうか?
最初の音に対し3つ目の音が半音上の音に相当するため、2つ目の音は四分音上の音ということになり、これがピアノでは実現不可能な「二十四平均律における音階の一部」となります。
それではここから、普段聞きなれている「十二平均律」と「二十四平均律」を聞き比べてみましょう。
十二平均律では、以下のように半音単位で音が上昇します。
これは誰もが普段聞きなれた音のみで構成されているので、違和感等は特に感じられないと思います。
次は「二十四平均律」で、四分音単位で音が上昇するサウンドを聴いてみます。
最初はなんとも聞きなれない感じがするかと思いますが、何度も聞き込んでいくと、十二平均律と同様に相対音感が養われ、二十四平均律でいうところの何番目の音なのかが分かるようになります。
その上で、上記の二十四平均律に合わせて口笛の練習を繰り返すことで、実際の演奏においても正確にコントロールすることが出来るようになります。
便宜上、オクターブを24等分した音律を「二十四平均律」と説明しましたが、厳密には二十四平均律は十二平均律の延長にあり、十二平均律を完全に包含するため、両者は同一の音律に属すると考えるのが一般的です。
平均律には他に、オクターブを15等分した十五平均律、17等分した十七平均律などもありますが、これらは独特の周波数セットを持った十二平均律とは全く異なる音律といえます。